山下財宝Yamashita Treasureを追って  日本から開始

以前も書いたのだが、今、私は山下財宝を追っている。

動画化を行う予定だ。

元々、フィリピン人から埋蔵金の発掘を依頼されたのだが、

その前にやらなくてはならないことがある。

まずは山下奉文に関して調べなくてはならない。

4冊ほどの本を読み、大方の概要はつかんだけど。

小説なのでかなりデフォルメされていると思う、しかし、

軍人としてはかなり不遇な人なのだということは理解した。

これに関しては動画内で展開したい。

動画化にあたり、撮影開始をシンガポールからと思っていたのだが、

考えを改めた。

1942年2月15日、

山下奉文がイギリス軍に勝ち、シンガポールを陥落した日である。

以来、シンガポールでは2月15日の夕刻に街中にサイレンが鳴り響くという。

陥落の日を知らせるためである。

私の子供がシンガポールにいることもあり、撮影を依頼した。

しかし、今年はサイレンが鳴らなかったのだという。

太平洋戦争は約80年前の出来事だ。

今撮影できることはほとんどが石碑や痕跡である。

サイレンが鳴ったとすれば、それは今を描けることでもある。

だからシンガポールから撮影を開始したいと思ったのだが、思惑が外れたのだ。

ならは後回しにして、身近かなところから撮影を開始したい。

一路東京へ。

場所は多磨霊園

山下奉文の眠る地である。

著名人の名前がずらりと並ぶ、、、多磨霊園は広大な敷地を持つ。

事務所でアプリを介して、地図を入手した。

途中、明治の元老

西園寺公望の墓

田中角栄とともに日中国交回復に尽力した大平元総理の墓

などなど。。。

そして本人のお墓と対峙した。

マニラで絞首刑にあった山下奉文、61歳の生涯である。

私も61歳、偶然なのであるが、何かしらの縁を感じたのであった。